忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

第十八作目『闘鬼神再生(裏話)』

星空の下、奇妙な物体が飛んでいる。 
三つ目の牛に乗った妙に惚けた風采の老妖怪が一匹。
老妖怪の名は刀々斎、刀鍛冶である。
その証拠に刀を鍛える大きな鎚(つち)を携えている。

「猛々、済まんが闘鬼神を捜し出してくれ。 殺生丸の奴、折れちまったからって其処らに放り出してきちまったらしい。・・・いくら折れたからって、あんな物騒な剣を、そのままにしておく訳にはいかねえからな。・・・・・何時、また、誰ぞが変な気を起こすとも限らねえしよ。」

刀々斎は、つい今し方、新しく打ち直したばかりの天生牙を当の殺生丸に届けてきたばかりである。
天生牙に呼ばれて、わざわざ殺生丸の許に出向いてやったのが三日前。 
その天生牙を武器として新しく鍛え直す為に要した時間が、ほぼ三日。
(・・・・それにしても変わったな、あいつ。)
あいつ、とは言わずと知れた殺生丸の事である。 
まず、天生牙に呼ばれた事に驚いた!!!
まさか、こんな日が来るなんて、刀々斎は思ってもみなかったのである。
二百年前、犬の大将に天生牙を託されて殺生丸の手に渡るようにはしたものの、あの馬鹿兄弟の兄ときたら・・・・。
天生牙が斬れない刀と知った途端、怒り出し、もう一振りの刀、鉄砕牙を求めて出奔する始末。
以来、好き勝手にあちこち放浪して鉄砕牙を探し回り、遂に見つけ出したは良いが、異母弟と殺し合いの喧嘩の末に、左腕を斬り落とされ、それで諦めるかと思いきや、トンデモナイ!!!
奈落から四魂の欠片を仕込んだ人間の腕を借り受け、再度、鉄砕牙を奪おうと挑戦すれど失敗。
三度目は、竜の腕を使い、犬夜叉もろ共、自分には使えない鉄砕牙を叩き折らんと又もや挑んで,揚げ句の果てに土壇場で風の傷を使いこなした弟に、瀕死の重傷を負わされる結果となった。
尤も、あの時、初めて天生牙が自らの意思で結界を張り殺生丸を護った事から、天生牙が殺生丸を己の主人と認めた事が判明したのではあるが。 
あの後、何があったのかは知らないが・・・・。
次に殺生丸と遭ったのは、不肖の弟子、灰刃坊が打った鬼の剣、邪気塗れの闘鬼神を介してだった。
殺生丸の奴、あんな怨念に塗れた(まみれた)邪気の塊みてえな闘鬼神をアッサリ手懐けちまった。
あん時は、ビックリしたなぁ! もうっ!! 
そりゃあ、あの野郎の力(=妖力)が凄いもんだとは承知してたが、まさか、あそこまで桁外れだなんて思ってなかったもんなぁ~~~~!!!
全く! 性格は悪いが、実力(=妖力)に関しちゃ右に出る者がいない程、ズバ抜けてやがる。
それで闘鬼神を手に入れたと思ったら、又もや、犬夜叉との闘いを再開と来たもんだ。
何でも確かめたい事があるとか抜かしてよ。
んもうっ! 犬夜叉は、打ち直した鉄砕牙の重さを持て余して持ち上げる事さえ、ヤットだってぇのに。
唯でさえ、滅茶苦茶強いのに、闘鬼神を手にした殺生丸の強さときたら呆れる程で、犬夜叉は兄貴にいい様にやられまくって殺されかける有り様だ。
おまけに犬夜叉が変化しかけちまったんで、仕方なく俺が火吹きの術で辺り一面を火の海にしてトンズラこいたんだっけ。
全く手間のかかる兄弟だぜ。
何だって、ああも仲が悪いんだ!! 
顔を見れば殺し合いの喧嘩だぜ!? 
何も仲良くしろとまでは言わないが、あんな生きるか死ぬかの喧嘩をする必要はあるまいに。
弟の方の犬夜叉は犬夜叉で、もう礼儀知らずの乱暴者で、何かってえと手を出してきやがる。
俺は、一応、年長者だぞっ! 
鉄砕牙絡みで何か困った事が起きるとす~ぐ訪ねて来る癖に、而も教えを請おうってえのに頭を下げるどころか、ふんぞり返りやがって。
尤も、兄貴みたいに、いきなり命の遣り取りにならないだけ、まだマシかな・・・・・???
殺生丸だと問答無用の殺し合いだもんな。
昔は、あいつから逃げ回ったもんだ。 
おまけに、怖ろしく執念深いと来てる。 
犬の大将は、一体、あいつに、どういう躾をしたんだ!!
一見、綺麗な顔してるが、あいつの妖気ときたら僅かでも触れたら切れそうな程、鋭いんだぜ。
危なっかしくて側にも寄れないわい。
とにかく、兄弟揃って物凄い意地っ張りな処はソックリだぜ!!!
 三つ目の妖牛、猛々が、捜していた物を見つけたらしい。 
妖雲をたなびかせ、ユックリと降下し始めた。

「フン・・・どうやら見つかったようだな。」

月明かりを反射して闘鬼神の刀身が白く光っている。 
真っ二つに折れたまま地面に投げ出された姿は、弓折れ矢尽きた落ち武者のようで、以前の、猛々しいまでの闘気に満ちた姿を知るだけに一層、哀れさを催させる。
魍魎丸に叩き折られた衝撃のせいか、禍々しいまでの邪気も、今は形(なり)を潜めている。
妖牛から降りた刀々斎が、折れた闘鬼神を拾い上げ懐から取り出した布に包み込み、再び、三つ目の牛と共に空を飛び、自分の塒(ねぐら)へと戻って行く。

「考えてみれば、こいつは、灰刃坊の形見でもあるんだな。あいつの最後の作品なんだしよ。」

刀々斎の曾て(かって)の弟子、灰刃坊。
腕は良かったのだが、刀の斬れ味に拘り過ぎたが為に幼い子供を殺し、その血と脂を刀身に練り込み、怨みの妖力を持つ刀を鍛え上げるという外道に走った弟子。
その余りにも非道な所業に、遂に破門せざるを得なかった。
しかし、破門されても一向にその性根は変わらず、結局、自らが鍛えた鬼の剣、闘鬼神の怨念に取り憑かれ、命を落とす羽目になったのである。
それにしても、殺生丸も罪な刀を打たせた物である。
灰刃坊の許に悟心鬼の首を持ち込み闘鬼神を打たせたのは殺生丸なのだから。
とは言え、鬼の牙の刀を打つ事を喜んで承諾した時点で最早、灰刃坊の運命は決していたのかも知れない。外道の道に踏み込んだ刀鍛冶に相応しい末路と言うべきであろうか。 
刀々斎が、ポリポリと頭を掻きながらボソッと呟く。

「まあ、天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏らさずってえ奴かな・・・・。」

《意味:悪人を捕らえる為に天の張る網は広く大きくて、一見、粗いように見えるが絶対に悪人をその網から漏らす事は無い》

火山地帯にある刀々斎の塒(ねぐら)兼、工房が見えてきた。
万年、火を噴く火の山の火口付近に居を構える刀々斎の住居を兼ねた工房は、大昔の恐竜の化石を、そのまま活かした物で、実用一点張りの代物。
飾りもへったくれも無い。
猛々を外に繋ぎ、やっと塒(ねぐら)に戻ってきた刀々斎に開口一番、声を掛けてくる者が!! 
ピョ―――――ン ピョ――――――ン ピョ―――ン

「やっと帰ってきたか! 刀々斎!! ずっと待ち続けておったんじゃぞ!!!」

ノミ妖怪の冥加である。 
一応、犬夜叉の家来ではあるが、チョットでも危険な時は、即座に主を見捨てて逃げ出す忠誠心があるんだか無いんだか良く判らない下僕である。
この冥加と刀々斎は、殺生丸と犬夜叉の父である犬の大将、闘牙王が存命の頃からの知り合いで、俗に言う悪友という間柄である。 
冥加が、犬夜叉の許に居ない場合は、大抵、この刀々斎の塒(ねぐら)に逃げ込んでいると思えば間違いない。
今回は、どうやら行き違いになったらしい。

「来とったんか、冥加! おめえ、まぁ―――た、犬夜叉んトコから逃げてきたな。」

「ギクッ(図星)ひっ、人聞きの悪い! 避難してきたと言わんかい!! この頃の犬夜叉様はな、
 魍魎丸なんて化け物みたいな妖怪と渡り合っておられるんじゃっ!! 危なくて危なくて、とてもじゃないが
お側になんぞおられるかい!!!」 

必死で弁解する冥加。

「まあな、何しろ、あの殺生丸が危うく、やられそうになった位だもんな。」

「な、何だとっ! あの殺生丸様がかっ!?」
 
冥加が血相を変える。
無理もない。
犬夜叉の異母兄である殺生丸の強さは並大抵ではないのだから。
その殺生丸が、危うく、やられかけたとはっ!

「三日前、天生牙に呼ばれて殺生丸の処に出向いたのさ。あんな風に呼ばれるなんて思わなかったがな。犬の大将に頼まれて、あいつに天生牙が渡るようにしたものの、まさか、天生牙を打ち直す日が来るとは、正直、思わなかったぜ。」 

顎鬚(あごひげ)を弄りながら話す刀々斎。

「エエェ~~~~ッ! 天生牙を打ち直したのかっ!?」

冥加が素っ頓狂な声を上げる。

「ああ、天生牙自身が、その判断を下したからな。やっと、殺生丸も武器としての天生牙を持つに相応しい心境に到達したらしいぜ。詳しい話は、後で酒でも飲みながらユックリ話してやっから、チョイと待っとれや。」

刀を鍛える大鎚を壁に立て掛け、盃(さかずき)を取り出す。
ゴソゴソとそこらの物を片付け、布に包んだ闘鬼神を作業台の側に置くと、今度は酒を捜し始めた刀々斎。
エ~~~~ト、こないだ貰ったイモリの黒焼き入りのマタタビ酒は、何処に置いたっけな。
あれは、そうそう、アソコに隠しといたんだっけか。 
側に置いとくと、直ぐに飲んじまうからな。
秘蔵の酒を持ち出して老妖怪、二匹の積もる話が始まった。
ノミ妖怪である冥加にはイモリの血をニ・三滴ほど酒に垂らして入れてやる。 
チュウ~~~~~~~プハッ!(冥加の溜め息)

「まあ聞けや。三日ほど前に天生牙に呼ばれたって事は話したよな。犬の大将の牙から打ち出した天生牙と鉄砕牙は、俺の作品の中でも傑作中の傑作でな。それこそ心血を注いで打ち起こした、謂わば、俺にとっちゃ子供みたいなもんだな。あの二振り(ふたふり)の刀とは、何と言ったら良いのかな、心が通じてるのよ。俺は産みの親だからな。それで、気は進まないが殺生丸の許に出かけたっつう訳さ。」

トクトクと盃(さかづき)に酒を注ぎながら刀々斎は、話し続けた。

「天生牙に呼ばれたのか。で、殺生丸様は、どのような御様子だったのだ!?」

先を促す冥加。

「まあ、ぶっちゃけて言えば、散々なやられ様だったぜ。妖鎧に穴は開いてるは、あちこち怪我だらけで、あいつが、あそこまで、こっ酷く(ぴどく)やられるのは珍しいんじゃないか!?」

「・・・・・それに何より、闘鬼神が無かった。」

グビッ、ズズズッ、盃(さかずき)を干す音。

「エエッ!あの闘鬼神がかっ!!あの悟心鬼とやらの牙で作られた邪気塗れの剣の事かっ!!」

冥加自身、闘鬼神とは浅からぬ因縁があり、鬼の剣の威力がどれ程の物か充分に知っていた。

「ああ、相手に叩き折られたらしいぜ。あの闘鬼神を叩き折るなんざ並の相手じゃねえ。」

「命があっただけでも、めっけもんだぜ。」

ボリッ!ボ~リボリボリ、イモリの黒焼きを齧る音。

「しかし、あの殺生丸だからな。そんな事、死んでも認めねえだろうがよ。」

ボリボリッ!

「それで天生牙に呼ばれた事を話して、打ち直す為に、此処に持ち帰ったのが三日前だったんだが殺生丸の許に出向いて、まず、驚かされたのが・・・・あいつが、あの殺生丸が、人間の小娘を連れていたって事だ! あの殺生丸だぞっ!! 筋金入りの人間嫌いがだぞっ!!!」

「な、何と! 刀々斎! 儂を担いでるんじゃなかろうな!? それは本当に本当の事か!!!」

「誰が嘘なんか吐くかい! 本当に本当の事さ。このデッカイ目ん玉で、確と(しかと)見てきたんだからな。人間の小娘、それも、かごめみてえな殆ど大人と違うぞ。やっと赤ん坊に毛が生えたような童女だぜ。一体、全体、殺生丸は、何で、あんなチッコイ娘っ子を連れてるんだ!?」

「し、信じられん!!!もし、それが真実なら儂は、太陽が西から昇ると言われても頷いてしまいそうじゃっ!あ、あの殺生丸様が!!人間を虫けらとしか思っておられなかった御方が!!!大体、あの御方は、父君の墓を暴いて(あばいて)鉄砕牙を見つけ出した時も、かごめを平然と毒華爪で溶かしてしまおうとなされた位、冷酷非情だったんじゃぞっ!! 幸い、鉄砕牙の結界で護られていたから無事だったものの、とにかく!己に逆らう者は、人間、妖怪に限らず一切、手加減なしで殺してしまうような情け容赦の無い御方だった筈!! それが、人間の童女を連れてるなんぞ晴天の霹靂(へきれき)じゃっ!! 天変地異の前触れじゃっ!!!」

「ン~~~まあな。俺も、そう思ってたんだけどよ。その、りんってぇ娘っ子が、どんな扱いを受けてるのかと見てたらな、身形(みなり)は、コザッパリしてるし、顔の血色も良いし、結構大事にされてるみてぇなんだ。邪見なんぞ、チョット、りんに悪態でも吐こうものなら殺生丸に蹴り飛ばされてたんだぜ!?」

刀々斎が、大きな目玉を更にギョッと大きくする。

「ホオ~~~それは、それは、相当、大事にされてるようじゃな。」

驚きつつも頷く冥加。

「今回、天生牙に呼ばれたのも、あの、りんってぇ娘っ子が拘わったからじゃねえのかな。あんなに無情だった殺生丸の心に慈悲心らしき物が芽生えたらしいや。だからこそ、俺も天生牙を打ち直す気になったのよ。以前とは、明らかに何かが違ってたからな。」

グビッ、グビグビ~~

「ウ~~~ム!あの殺生丸様がなぁ。一体、何があったんじゃろうなぁ~~!?」

冥加が考え込む。

「それで、天生牙を打ち直して先程、届けてきたって訳さ。殺生丸の奴、相変わらず可愛気がねえ。いきなり冥道残月破を使いこなしやがって。性格は悪いが、実力も才覚も大したもんだぜ。」

「お館様が生きておられたら、さぞ、お喜びになられたであろうになぁ。」

しんみりとする冥加。

「そう湿っぽくなるな、冥加。一時は、どうなる事かと危ぶんだけどよ、あの馬鹿兄弟。兄は兄なりに、弟は弟なりに何とかなりそうだぜ。流石に、あのお館様の血を引くだけの事はあるぜ。」

「ウム、ウムッ、そうじゃな、そうじゃったな、つい嬉しくてな。」

冥加が涙ぐむ。グスン・・・

「んな訳でよ、天生牙を渡した帰りに折れた闘鬼神の事を思い出してな、あ~~んな物騒な剣をそのまま放り出しとく訳には、いかないからな。拾って持ち帰ってきたのさ。打ち直してやろうと思ってな。ホレ、あそこに布に包んであるだろ。見事なまでに真っ二つに折られてるぜ。」

「しかし、刀々斎。打ち直すにしても繋ぎが要るのではないか???」

冥加が疑問について訊ねる。

「ン~~~まあな。それが問題なんだよな。一応、殺生丸の剣なんだから、あいつの牙か爪でもあると良いんだがな。どうしようかなぁ~~??? わざわざ、もう一度、あの野郎の許に出向くってぇのもなあ。出来れば願い下げにしたいもんだぜ。」

ポリポリと頬を掻きつつ思案に暮れる刀々斎。 
繋ぎ・・・繋ぎ・・・つ・な・ぎ・・・ンン!? アレレ・・・!?!

「ア”~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!!! 思い出したぁ~~~~~~~~~~!」

「な、何じゃっ!? 刀々斎! いきなりデッカイ声を出すな! ビックリするではないか!?」

「思い出したんだよっ! 闘牙王から何かの折に必要になったら使えって爪を預かったのをっ!」

「何と!!それは本当か!? ならば以前、鉄砕牙が折れた時に、何故、使わなかったのじゃ?」

「忘れてたんだよっ! それに、あん時には犬夜叉が自力で竜骨精を倒して爆流破まで使えるようになったんだから文句はねえだろうが。」

すっ惚けた風采に相応しく行動まで惚けてる刀々斎。

「馬鹿者!! 結果的には、そうだろうが儂は、あの時、死にそうな思いをしたんだぞっ!!!」

「良っく言うぜ。おめえは、あの時、勝ち目が無いとサッサと犬夜叉を見捨てて逃げたろうが。」

「ウグッ!!」

竜骨精との闘いの折の状況をつぶさに見ていた刀々斎の言葉に言い返せない冥加。

「まあ、繋ぎも見つかった事だし、今夜は、夜っぴて飲もうぜ。 明日っから闘鬼神の打ち直しに入るからな。どう見積もっても三日三晩はかかりそうだ。全く、天性牙を打ち直したばかりだってえのに、次から次へと仕事が入って来て、忙しくて溜まらないぜ。」

グビリ、グビグビッ!
こうして老妖怪ニ匹の酒盛りは、白々と夜が明けるまで延々と続いたのであった。
刀々斎の見積もり通り、闘鬼神の打ち直しは、三日三晩かかった。
朝から晩まで剣を打ち直す音が工房から響き渡り、刀々斎が、如何に気合いを込めて闘鬼神を打ち直しているのかが判る。
天生牙や鉄砕牙と違い、闘鬼神は、鬼の牙の剣である。
その邪気溢れる刀身を大妖怪、闘牙王の爪を使って繋ぐ事により、未だに強く残っている悟心鬼の怨念を封じ込めようと言うのである。
謂わば、これは刀鍛冶としての刀々斎の技量を試される仕事と言っても過言では無いのである。
闘鬼神と刀々斎との闘いと言っても良いだろう。
カ―――――ン カ―――――ン カ―――ン!
三日目の朝、闘いは、刀々斎の勝利で終わった。
新生闘鬼神を手に朝日にかざして見れば、以前の邪気塗れの刀身とは、明らかに違う輝きが其処にあった。寧ろ、凄みさえ感じさせる静かな闘気に満ちた精悍な剣。
刀々斎は、満足そうにその刀身を眺めると、それを布で包み込み冥加を呼んだ。

「オ~~~イ!! 冥加よぉ~~今から朴仙翁の処まで行ってくるから、おめえも付き合えや。」

「朴仙翁の処へ? 何しに行くつもりじゃ??? 昔話でもしに行くのか?」

ピョ―――――ン!

「それも有るが、鞘にする為の枝を分けてもらいに行くのよ。」

荷物にシッカリ酒も加える刀々斎。

「鞘? では、闘鬼神に鞘を付けるつもりか!?」
 
冥加が驚いて訊ねる。ピョ――――ン!

「まあな、以前の闘鬼神には鞘が無かったが、俺の打ち直した新生闘鬼神には鞘を付ける。大体、刀剣類には鞘が付き物だぜ。灰刃坊も本当は鞘を付けるつもりだったんだろうが、悟心鬼ってえ奴の怨念に取り憑かれて、其れ処(それどころ)じゃなかったんだろうさ。」

猛々を呼び付ける。
深い深い森の中、滅多に人も獣も訪れないような場所に朴仙翁は存在している。
静寂の中、聞こえてくるのは、唯、鳥の囀り(さえずり)のみ。 
ピピッ、チチッ、ピチュ、ピチュ・・・・
樹齢二千年の朴の木。 樹木は、千年で仙気を帯びる。 
況(ま)して、二千年もの樹齢ともなれば神仙の域に達する。
こんな辺鄙(へんぴ)な場所で、さぞ世情に疎(うと)かろうと思ったら、さにあらず、朴仙翁は、こう見えて中々の情報通である。
自分自身は、この場所から動けないものの、この森にやって来る鳥達とのお喋りから、あれこれと情報を仕入れているのである。

「オ~~~~~~~イ! 朴仙翁~~~! 儂じゃ! 冥加じゃ!! 刀々斎も一緒じゃぞぉ!」

冥加の呼び掛けに太い太い朴の木の幹に顔が浮き出てきた。
ボコッ 齢二千年もの樹仙の翁の顔。

「冥加か、久し振りではないか。刀々斎までも一緒とは珍しい。一体、どんな用で来たのだ?」

殷々(いんいん)たる響きの深い声。
重々しくも懐かしさを滲ませた朴仙翁の顔が、二匹の老妖怪を暖かく出迎えてくれた。
この樹仙も又、闘牙王とは旧知の間柄であった。

「ヨオッ、相変わらず息災のようだな、朴仙翁。今日は頼みがあって、こうして出向いてきた。」

元々、遠慮のない性格の刀々斎が、早速、単刀直入に用件から話し始めた。

「鞘にする為の枝を分けてくれねえか? 朴仙翁。チョイと訳ありの刀なんでな。」

「訳あり? 儂の枝を必要とする程の刀が、天生牙と鉄砕牙、以外にも存在するというのか?」

「ン~~~~まあな。今回は、どうしてもお前さんの枝から作った鞘が欲しいんだよ。」

そう言うなり刀々斎は、布に包んで持ってきた、打ち上がったばかりの新生闘鬼神を取り出して朴仙翁に見せた。 
それを見た朴仙翁が不思議そうに、刀々斎に、逆に訊ね返した。

「それは、殺生丸の剣ではないか!? 以前、あ奴が、その剣を天生牙と一緒に腰に佩いておったのを見た事があるぞ。」

朴仙翁の意外な言葉に驚く刀々斎。肩に乗っている冥加も右に同じ。

「この剣を知ってるのか? 朴仙翁。 なら、話が早い。この闘鬼神は、悟心鬼ってえ鬼の牙から俺の不肖の弟子が打ち起こした物でな。以前は邪気に塗れた怨念その物みてえな剣だったのよ 普通なら到底、持つ事さえ出来ない筈なのに、殺生丸の奴ときたら易々(やすやす)と手懐けちまって自分の剣として使ってたのさ。あいつのベラボウな妖力と闘鬼神の組み合わせなら、まず誰にも引けを取らないと思ってたんだが、世の中、広いぜ。その闘鬼神を叩き折る奴が居たのよ。それに驚いた事に、天生牙が、俺を呼んでな、何事かと殺生丸の許に出向いてみたら、どうも、以前の奴と様子が違う。それで、天生牙を打ち直す事にしたのさ、武器としてな。打ち直した天生牙を殺生丸の許に届けたのが三日前。あの野郎、いとも簡単に冥道残月破を使いこなしやがったぜ。それを見届けた帰りに闘鬼神を拾い上げて持ち帰り、新しく打ち直したのが、今、手に持ってる代物っつう訳よ。而も、繋ぎに使ったのは闘牙王の爪だ。今じゃ、完全に悟心鬼の怨念は、封じ込められとる。となったら、鞘を付けてやらなくちゃいけねえ。そんな訳で、お前さんの所までやって来たのさ。済まんが、枝を分けてやってくれないか???」

刀々斎の説明に朴仙翁は、以前、殺生丸が己を訪ねてきた時の事を思い返してみた。
殺生丸、今は亡き大妖怪、闘牙王の長男。
普段は殆ど、他者に頓着しない、あの誇り高い若者が半妖の異母弟、犬夜叉の事を訊きにやって来た。
その時、驚かされたのが、人間の童女を連れていた事であった。
殺生丸の人間嫌いは徹底していた筈なのに、何の違和感も無く自然に、あの、りんと言う少女を伴っていた。
まるで、それが、至極(しごく)当たり前の日常であるかのように。
あの童女のせいなのか、殺生丸が身に纏っている妖気さえもが、相変わらず鋭くはあるが、以前に比べれば、僅かながら穏やかになっているのが見て取れた。
(フム・・・成る程な、さもありなん)

「良かろう、刀々斎。枝を分けてやろう。して、殺生丸は、今も、あの、りんと言う童女を連れておるのか?」

又しても、朴仙翁の言葉に驚かされる刀々斎と冥加であった。
ピョ―――ン!

「何だい、もう知ってるのかっ!? 折角、驚かしてやろうと思ったのによっ!!!」

「フフ・・・以前、殺生丸が儂に訊きたい事があって訪ねてきた事があってな。その時に酷く驚かされた。あ奴の性格から言っても、例え、問い質しても答えぬであろう事は明白。一体、あれはどういう事であろうと暫く思案に耽った物よ。」

パキパキッ・・ボコッ・・幹から腕が出てきた。

「フ~~~~ン、まあ良いや。とにかく久し振りの再会だ。大いに飲もうぜっ!! 色々と積もる話もある事だしよ。」

ドンッ! 大きな酒壷(さけつぼ)を取り出し刀々斎が用意してきた盃にトクトクと酒を注ぐ。
老妖怪二匹と御神木(ごしんぼく)とも言える樹仙との珍妙な酒盛りが始まった。
三者とも、闘牙王が存命の頃からの、長い長い付き合いである。
当然、無礼講である。
遠慮会釈なく酒を注ぎ交わし、長の無沙汰を埋めるべく昔話に花を咲かせる。

「そう言えば、こうやってお前さんと会うのは、天生牙と鉄砕牙の鞘にする為の枝を貰いに来た時以来だな。」

盃に注いだ酒をグビリと呷(あお)りつつ刀々斎が、朴仙翁に話しかける。

「フォッフォッ、そうだな。いきなり現れて鞘にする為の枝を分けろと言ってきた。」

朴仙翁には口が無いので養分を吸収する根元に酒を注いでやる。
地面に吸い込まれた酒は、地中に深く張り巡らされた根元に到達しジワジワと吸収される。
この辺り一帯に朴仙翁の根は、張り巡らされ、謂わば結界を形作っている。
地面を通して伝わる振動、風を通して伝わる気配、それらが、朴仙翁に、侵入者が害のある者か、そうでない者かの情報を備(つぶさ)に教える。

「最初は、剣もホロロの扱いだったが、闘牙王の紹介だと言ったら、ヤット、渋々、枝を分けてくれたよな。」

イモリの黒焼きをボリボリ齧りながら刀々斎が、当時の事を思い出して愚痴る。

「ククク・・・まあ、そう怒るな。枝とは言っても、儂の一部。勿論、儂の力の一環も保持するのだ。そうそう簡単に分けてやる訳にはいくまいが。」

穏やかに朴仙翁が刀々斎を嗜める。

「そりゃそうだろうけどよ。あん時は、延々、十日も粘った覚えがあるぞ。」

グビッ、ズズ~~ッ

「刀々斎、お主、そんなに此処にへばり付いておったのか!?」

冥加が驚いて訊ねる。ピョン!

「ン~~~まあな。枝を分けてもらうまでは、梃子でも此処を動かないつもりだったからな。」

「ホッホッホ、その頑張りに免じて枝を分けてやる気になったのであった。」

朴仙翁が楽しそうに笑う。
それまで一度も自分の枝を誰かに分けてやった事は無かったが、刀々斎の熱意に絆(ほだ)され、初めて己の枝を分け与えたのである。
謂わば、刀々斎の粘り勝ちであった。
それ以来、冥加も交えての付き合いが続いているのである。
彼らは皆、闘牙王を通して知り合った仲であった。

「それにしても、朴仙翁よ。お前さんは、どう考える??? 殺生丸の野郎が連れ歩いてる、あのりんってぇ人間の娘っ子についてさ。」

刀々斎は、殺生丸に逢いに行ってから、ズ~~~~ット頭から離れない、忘れようにも忘れられない疑問を、朴仙翁にぶつけてみた。

「あの人間の童女についてか? その事は、儂も、気になっていた。しかし、何しろ、あの殺生丸の事だからな。あれ程の人間嫌いが、一夜にして趣旨を変えるとも思えんし、正直、どう考えるべきか悩む処だな。だが、これだけは言える。紛れもなく、あ奴は、闘牙王の息子だと言う事だな。人間の女を愛し、我が子と、その母を救う為に命を投げ出した父親の血を、確かに受け継いでおると言う事だ。」

朴仙翁が、ふと遠い目をして、かの大妖怪の在りし日の姿を思い浮かべる。
実に男らしい男であった。
惚れ惚れするような自由闊達な気性、白皙の美貌、剣を握ればその腕前、天地に並ぶ者なく、妖力においても又、右に出る者無しと讃(たた)えられた懐かしき友人。

「フン・・・やっぱり、そう思うか。でもなあ、犬夜叉の場合は、まだ判るんだが。あいつには前科もあるしな、でも、殺生丸の連れてる娘っ子は、まだ、ほんの子供だぜ。それも、赤ん坊に毛が生えた程度と言っても良い位なんだぜぇ!!」

刀々斎が、頭をブルブルと振って応える。

「今は、まだ幼いが、人間の成長は早い。後、数年もすれば、あの童女も殺生丸と並んでも可笑しくない年頃になるであろう。儂の見る処、あ奴が、あの童女を手放すとも思えんが。」

パキッ・・・

「朴仙翁、本当に殺生丸様は、その、りん、とか言う童女を連れておったのだな。刀々斎に聞いてからズ~~~ッと信じられなかったのだが。イヤハヤ、お館様が、生きておられたら何と仰る事じゃろうなぁ。」

ピョ――――ン ピョン・・・ 
冥加が刀々斎の肩で飛び跳ねつつ話に割り込んで来た。
冥加は、闘牙王の下僕であった為、一際、亡き主に愛着が深い。
犬夜叉に家来として付いているのも、生れ落ちたと同時に、父を失った犬夜叉を不憫に思ったせいもあるが、闘牙王に頼み込まれたからでもあった。
当時、既に少年期を脱しようとしていた殺生丸は、妖力においても並の妖怪では、到底、歯が立たない程の強さを周囲の者に見せ付け、後見人の存在など一切、必要としなかった。
闘牙王がこの世を去ってから二百年の歳月が流れ、兄は戦国最強の大妖怪として名を馳せ、弟の方は、半妖ながら父の形見の鉄砕牙を使いこなせるようになっている。
そして如何なる宿縁による物か、同じ相手を宿敵として追い続けているのであった。

「驚きはするだろうが、喜ぶんじゃねえのか?」

刀々斎が、盃(さかづき)に更に酒を注ぎながら冥加の問いに答える。
朴仙翁も又、刀々斎の言葉に頷いて、その答えを肯定する。

「そうであろうな。闘牙王は、人間である犬夜叉の母、十六夜姫に恋をして子供まで作った男。次男どころか長男までもが人間の女と一緒に居ると知ったら、さぞかし面白がるであろうよ。」

こうして、化け犬兄弟を酒の肴に、老妖怪二匹と樹仙の酒盛りは、延々と尽きる事なく続けられた。
朴仙翁から鞘にする為の枝を分けてもらった刀々斎は、闘鬼神の刀身に合わせ、枝を削り、漆塗りを施す。天生牙の鞘が、朱色の漆塗りである事から、識別しやすくする為に、漆の色は、黒色と決めた。
漆塗りが終わると、良い意味で黒光りする鞘が、確かな存在感を醸(かも)し出している。
仕上がった鞘に新生闘鬼神を収める。
見事な一振りの剣が、精悍な表情を見せて、静かに其処にあった。
刀々斎にとっても第三の傑作、新生闘鬼神が、此処に完全に再生した。

「コイツが必要になる時が、いずれ来るだろう。それまで大事に預かっといてやるとするか。」

そう、殺生丸が、りんを連れて西国に戻る日が。
・・・・その日が、訪れるのは、そんなに遠い事ではない。
                                                   了

2006.9/18.(月).作成◆◆

《第十八作目『闘鬼神再生(裏話)』についてのコメント》

この作品は◆最後に天生牙の鞘の色についてドタバタさせられました。 
アニメと映画では◆天生牙の鞘は黒なんですが◆原作の19巻の裏表紙には『赤』で表現されてるんです。

イヤ~もう! 慌てました!=! 
大急ぎで鞘の色を修正入れました。 
それから◆以前の作品で同じく天生牙の鞘を黒と書いた部分も訂正。 
最後まで◆アワアワさせられました。

それにアクセス件数が丁度★★★五千打★★★行きそうなので◆その◆お祝い作品という事にしようかなと思いまして。=======================================

改めて◆拙宅にお越しくださった方々に心より御礼申し上げます。 
本日◆此処に目出度く★★★五千打★行けましたのも偏に皆々様のおかげで御座います。 
これからも拙宅を訪問して下さる方々に喜んで頂けるような作品を書いていきたいと志しております。 
これからも◆ご贔屓の程◆宜しくお願い申しあげます。

2006.9/18.(月)★★★猫目石

拍手[3回]

PR