呪(しゅ) ※この画像は『妖ノ恋』様よりお借りしています。邪見はいそいそと主の執務室に赴(おもむ)いた。障子越しに室内に差し込む柔らかな光に白銀の髪がきらめく。白皙の美貌に見事な長身を有する、此処、西国の国主、殺生丸。邪見の敬愛する主は今日も今日とて麗しい。「殺生丸さま、お申し付けのりんの小袖が仕上がってまいりましたぞ」「そうか、早かったな」「はい、それはもう殺生丸さま直々(じきじき)のお達しとあって織子も縫い子も丹精込めて仕上げたとのこと。ささ、ご覧になってくださいませ」ウキウキと漆塗りの木箱から小袖を広げて主にお披露目する邪見。それは石榴(ざくろ)のような赤い生地に兎と雀をあしらった柄行きであった。いかにも稚(いとけな)い童女に相応しい物である。「ふっ、りんに似合いそうだな」「はい、それはもう、帯は常盤(ときわ)色で合わせようかと。他にあれこれと小物も揃えようと思っております。それでですな、殺生丸さま、ひとつ・・・お願いがございまして」いつも饒舌(じょうぜつ)すぎるほど饒舌な邪見の躊躇(ためらう)うような口ぶりが殺生丸の気を惹(ひ)いた。「何だ」「はっ、これからりんに贈る品の全てに『呪(しゅ)』を施して頂きたく」「『呪(しゅ)』か、何故だ」「ははっ、どうもりんを見る村の女どもの中に・・・些(いささ)か不穏な気配を感じさせる者がおりまして」邪見の話に思い当たる節があるのだろう。殺生丸が微(かす)かに眉をひそめる。「成る程、あらかじめ策を講じておこうと」「ははっ、流石は殺生丸さま、お察しの通りにございます。何も起きなければそれでよいのでございますが。まあ、転ばぬ先の杖という奴にございます」「よかろう」これ以後、りんが身につける品は勿論のこと、使用する道具の全てに『呪』がほどこされることとなった。邪見が危惧したことは間もなく現実となった。不心得者の村の女がりんの小袖を盗み取ったのだ。だが、その女が小袖を身に纏(まと)った瞬間、『呪』が発動した。女は村中に響き渡るような絶叫をあげ昏倒(こんとう)した。身の毛もよだつような怖ろしい幻覚に襲われたのだ。叫び声に驚き女の家に駆けつけた村人は即座に事の顛末(てんまつ)を了解した。小袖は村を守る隻眼の巫女の養い仔が『妖怪のお殿様』から贈られた代物である。つまり、女は盗みを働いたのだ。その後、女は村八分の扱いをうけた。元から手癖が悪い女だったので誰も相手にしない。暫(しば)らくすると姿が見えなくなった。どこか別の土地へでも出奔したのだろう。この『小袖盗み』以後、りんの道具に手を出すと『祟(たた)られる』と近隣一帯の噂(うわさ)になった。巫女の預かり仔に手を出してはならぬお宝には勿論のこともしも 一度(ひとたび) 手を出せば二度と戻れぬ人の世にはあれは愛(いと)し仔 妖怪の犬のお殿様の愛(いと)し仔(ご)ぞ※【常盤色(ときわいろ)】:松のような緑色 [13回]PR