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『邪見の僕(しもべ)日記⑨』



※上の画像は『妖ノ恋』さまの使用許可を頂いてます。


由羅とやらの絶叫は、それは凄まじくてな。
ワシャ、、鼓膜が破れるかと思ったわ。
阿鼻叫喚とは、あのことじゃな。
それから、バッタリと倒れたんじゃが。
余程の恐怖を味わったのか、由羅の目はカッと見開き口も閉じておらんという体(てい)たらく。
その上、髪は逆立ってるわ、開いた口からは涎(よだれ)が垂れてるわと。
いや、もう、実に見苦しい有り様じゃった。
妙齢の女子(おなご)に取っては『恥ずかしい』のひと言に尽きるじゃろうな。
だが、りんが受けた苦痛と恐怖を思えば、この程度、まだまだ生ぬるいわな。
勿論、殺生丸さまと御母堂さまは醒めた顔で由羅の醜態を眺めておられたぞ。
厚顔無恥の見本のような豺牙(さいが)も事ここに到って遂に万策尽きたと観念したのか急に大人しくなりおった。
そうだな、さしずめ『尾羽打ち枯らした鷹』といった風情かな。
ガックリと力尽きた姿は見るからに悄然としておった。
つい先程まで、ああも五月蝿く喚きたてておったのにな。
もう抵抗する気力もないんじゃろう。
それを見た御母堂さまが豺牙を拘束していた権佐殿に離してやるよう命じられた。
権佐殿が拘束していた腕を外すとガクッと頽(くずお)れるように座り込む豺牙。
だからなあ、豺牙が、あんな暴挙に出るとは思いもせなんだのよ。
まさか、次の瞬間、『りん』が我々の前に現われるとは。
墨色に染まる宵闇の中、不意に我々の前に姿を見せた『りん』。
淡い輝きを発する内掛けを纏った姿が、まるで蛍の精のようじゃった。
正直、ワシャ、自分の眼を疑ったぞ。
だって、そうじゃろう。
あんなにも逢いたい逢いたいと願い続けた『りん』が、いきなり目の前に現われたんじゃ。
思わず口を開けて茫然としてしもうた。
ワシがそうなんだから殺生丸さまは尚更じゃったろう。
するとな、感動に浸(ひた)る間もなく座り込んでいた豺牙が急に立ち上がったんじゃ。
そして、大声で喚きながら『りん』に襲い掛かりおった。
奴の罪状が明らかになった今、豺牙には良くて流罪、下手すれば斬首の刑が待ち受けておる。
イヤ、殺生丸さまが寵愛する『りん』を襲ったんじゃ。
間違いなく死罪じゃろう。
どちらにしても豺牙一門は破滅じゃ。
だからこそ『りん』を道連れにしようと思ったんじゃろう。
豺牙め、破れかぶれの行動に打って出よった。
逸早く事態に気付いた御母堂さまが叫ぶ。


「しまった! りん、逃げろっ!」


「りんっ!」


殺生丸さまも『りん』の名を呼びながら走る。
爆砕牙を電光石火の早業(はやわざ)で抜き放ち一閃(いっせん)。
逆賊(ぎゃくぞく)を斬る!
ザシュッ!ガッガガガガガガガガガガ・・・・
正(まさ)に神速(しんそく)。
刹那の攻防であった。
瞬時に全ての片が付いておった。
爆砕牙で両断された豺牙。
目の前で豺牙の身体が破壊されていく。
塵のように細かく破砕され消滅していく。
何度見ても凄まじい破壊力じゃわい。
オワッ、見取れている場合ではない。
『りん』が今にも倒れそうではないか。
フラフラしておる。
いかん、受け止めねばっ!
と思ったらば御母堂さまが『りん』の側に来ておられた。
いっ、何時の間に!? 素早いっ!
殺生丸さまの速さには定評があるが御母堂さまも全く遜色ないではないか。
そして倒れかかる『りん』をソッと受け止め軽々と抱き上げられたんじゃ。
どうやら『りん』は気絶したようじゃな。
目を瞑(つむ)っておる。
ンッ、この光景は以前にも見たことがあるような・・・。
そうじゃっ、狼どもに噛み殺された『りん』を殺生丸さまが天生牙で蘇生させた時と全く同じではないか。
あの時も殺生丸さまが『りん』を隻腕に抱いておられた。
ウム、見れば見るほどソックリじゃ。
御母堂さまは殺生丸さまに良く似ておるからな。
イヤイヤ、殺生丸さまが御母堂さまに似ておるのだ。
殺生丸さまは御母堂さまの息子だからな。
それにしても先程の映像からして御母堂さまが全てを御存知なことは必定。
『りん』は御母堂さまの手許におった訳じゃ。
成る程、だからか、あれ程、人界を捜し回っても見つからんかったのは。
フムフム、納得じゃ。
とととっ、待てよ・・・ということはだぞ、御母堂さまは殺生丸さまが『りん』を捜しておられたことを百も承知の上で三年間も『りん』を隠しておられた・・・という事になるわな。

(・・・・・・)

タラ~~リ、タラタラ(冷や汗)
こっ、これは由々しき事態じゃ。
間違いなく殺生丸さまは怒り心頭に発される。


「殺・・生・・・丸・・さま・・・」


耳に残る小さな声、倒れる前に『りん』が呼んだのは、やはり、殺生丸さまだった。
気が付けば御母堂さまの脇を権佐殿と松尾殿、他の女房衆が固めておる。
そして、同様に殺生丸さまの周囲も重臣の尾洲殿、万丈殿、女官長の相模殿、側近の木賊(とくさ)殿、藍生(あいおい)殿が主を守るように立っておった。

 

※『邪見の僕(しもべ)日記⑩』に続く
 

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